犬の認知症:見逃せない症状、ケア方法、進行を遅らせる秘訣
愛犬がシニア期に入り、以前とは違う行動を見せるようになった…。「あれ?うちの子、最近ちょっと変だな」と感じることが増えていませんか? 夜中に急に吠えたり、意味もなくウロウロしたり、今までできていたことができなくなったり。それは、犬の「認知症」のサインかもしれません。
犬も人間と同じように年を取ると、脳の機能が低下し、認知症のような症状が現れることがあります。獣医学的には「認知機能不全症候群(Canine Cognitive Dysfunction Syndrome; CDS)」と呼ばれ、愛犬の生活の質(QOL)だけでなく、飼い主さんの負担も大きくなる可能性があります。しかし、認知症と正しく向き合い、適切なケアや対策を行うことで、愛犬のシニアライフをより穏やかで快適なものにしてあげることができます。
この記事では、犬の認知症の具体的な症状、診断方法、ご自宅でできるケアの方法、そして進行を遅らせるための予防策まで、飼い主さんが知っておくべき情報を詳しく解説します。愛犬との大切なシニアライフを充実させるための一助となれば幸いです。
犬の認知症(CDS)とは?そのメカニズムと一般的な特徴
犬の認知症(Canine Cognitive Dysfunction Syndrome; CDS)は、加齢に伴い脳の機能が低下し、記憶力、学習能力、意識、行動などに異常が見られるようになる病気です。人間でいうアルツハイマー病と似たような変化が脳内で起こると考えられています。

認知症が発生するメカニズム
犬の脳も加齢とともに変化します。主に以下のような変化が認知症の症状と関連していると考えられています。
- アミロイドβの蓄積: 脳内にアミロイドβという異常なたんぱく質が蓄積し、神経細胞を損傷します。
- 神経細胞の死滅: 脳の神経細胞が減少し、脳が委縮します。
- 神経伝達物質の変化: 脳内の神経伝達物質(ドーパミンなど)のバランスが崩れ、正常な情報伝達が阻害されます。
- 脳の血流低下: 脳への血流が悪くなることで、酸素や栄養の供給が不足します。
これらの変化が複合的に作用し、様々な認知機能の低下を引き起こします。
犬の認知症の一般的な特徴
- 発症年齢: 一般的に7歳以降のシニア犬で症状が見られるようになりますが、個体差が大きいです。10歳を超えると発症率が急激に高まります。
- 進行性: 症状はゆっくりと、しかし確実に進行していくことが多いです。
- 病気の除外: 認知症と似た症状を示す他の病気(例えば、脳腫瘍、関節炎による痛み、甲状腺機能低下症、視力・聴力低下など)を除外した上で診断されます。
見逃さないで!愛犬が示す認知症のサインと進行度
犬の認知症の症状は多岐にわたり、初期の段階では飼い主さんが気づきにくいこともあります。しかし、日頃から愛犬の行動を注意深く観察し、わずかな変化にも気づくことが、早期対応と進行の緩和に繋がります。
犬の認知症の主な症状チェックリスト(DISHA分類)
犬の認知症の症状は、DISHAという頭文字で分類されることがあり、飼い主さんが愛犬の異変に気づくための良い目安になります。
- D (Disorientation – 見当識障害):
- 家の中の方向感覚がなくなる(壁や家具にぶつかる、行き止まりに入り込む、部屋の隅で動けなくなる)。
- 慣れた場所で迷子になる。
- 目的もなくウロウロする(徘徊)。
- 飼い主や家族を認識できない、または間違える。
- I (Interaction changes – 相互関係の変化):
- 飼い主や家族への関心が薄れる、または過剰になる。
- 以前は好きだった遊びやスキンシップに興味を示さなくなる。
- 他の犬やペットとの交流を避けるようになる。
- S (Sleep-wake cycle changes – 睡眠・覚醒サイクルの変化):
- 昼間に寝てばかりいるのに、夜中に起き出してウロウロする(夜間徘徊)。
- 夜中に意味もなく吠えたり、鳴いたりする(夜鳴き)。
- 夜間に不安そうにしている。
- H (House-soiling – 排泄の変化):
- 今まで完璧にできていたトイレの失敗が増える。
- 室内で粗相をしてしまう。
- 排泄のサインを示さなくなる。
- A (Activity changes / Anxiety – 活動性の変化・不安感):
- 目的のない活動が増える(徘徊、同じ場所をグルグル回る)。
- 活動性が全体的に低下する(元気がない、遊びたがらない)。
- 不安感が強くなる(分離不安の悪化、雷や花火を異常に怖がる)。
- 特定の音や光に過敏に反応する。
これらの症状が複数見られるようになったら、認知症の可能性を考慮し、獣医に相談することが大切です。
認知症の進行度:早期発見の重要性
認知症の症状はゆっくりと進行していきます。進行度を把握することは、適切なケアを行う上で役立ちます。
- 初期: わずかな行動の変化が見られる程度で、飼い主が「少しおかしいな」と感じる程度。夜鳴きやトイレの失敗がたまにある、以前よりボーッとする時間が増えるなど。
- 中期: 症状が頻繁に見られるようになり、日常生活に支障が出始める。徘徊や夜鳴きが習慣化する、食事や水を見つけられないことがある、飼い主への反応が鈍くなるなど。
- 後期: 重度の症状が見られ、自力での生活が困難になる。常に徘徊している、ほとんど家族を認識できない、排泄のコントロールが完全にできなくなる、寝たきりになるなど。
早期に症状に気づき、対策を始めることで、進行を緩やかにし、愛犬の生活の質を長く維持できる可能性が高まります。
犬の認知症の診断とケア:獣医との連携と自宅での工夫
愛犬の認知症が疑われる場合、まず獣医による正確な診断が不可欠です。認知症と似た症状を示す他の病気(脳腫瘍、甲状腺機能低下症、関節炎の痛みによる活動性低下など)を除外することが重要になります。診断後は、獣医と協力しながら、愛犬にとって最適なケア計画を立てていきましょう。
認知症の診断方法:他の病気を除外する
認知症の確定診断は難しく、主に他の病気を除外する「除外診断」によって行われます。
- 詳細な問診: 飼い主からの情報が最も重要です。上記のDISHA分類を参考に、いつからどのような症状が見られるようになったか、発作の有無、食事や排泄の状況などを詳しく伝えます。可能であれば、普段の愛犬の行動を動画で撮影しておくと診断の助けになります。
- 身体検査: 全身状態をチェックし、他の病気の兆候がないかを確認します。
- 血液検査、尿検査: 腎臓病、肝臓病、甲状腺機能低下症、糖尿病などの代謝性疾患が症状の原因ではないかを確認します。
- X線検査、超音波検査: 内臓の腫瘍や関節炎など、痛みや不快感を引き起こす可能性のある病気がないかを確認します。
- 神経学的検査: 神経系の異常がないかを確認します。
- MRI検査・CT検査: 脳腫瘍や脳炎、水頭症などの脳の構造的な異常がないかを確認するために行われることがあります。費用もかかるため、獣医と相談して必要性を判断します。
これらの検査で他の病気が除外され、認知症の典型的な症状が見られる場合にCDSと診断されます。
認知症の治療とケア:進行を穏やかにするアプローチ
犬の認知症を完全に治癒させる治療法は確立されていませんが、症状を緩和し、進行を遅らせるための様々なアプローチがあります。獣医と相談しながら、愛犬に合ったケアを見つけていきましょう。
1. 薬物療法
- 認知症治療薬: 脳の血流を改善したり、神経伝達物質のバランスを整えたりする薬(例えば、セリギリン塩酸塩など)が処方されることがあります。これらの薬は、症状の進行を遅らせたり、一部の症状を改善させたりする効果が期待されます。
- 症状緩和薬: 夜鳴きや不安が強い場合は、精神安定剤や睡眠導入剤などが一時的に処方されることもあります。痛みがある場合は、鎮痛剤を使用します。
2. 食事療法とサプリメント
- 認知症サポート療法食: 脳の健康をサポートするDHA/EPA(オメガ3脂肪酸)、抗酸化物質、中鎖脂肪酸(MCT)などが豊富に配合された専用の療法食があります。
- サプリメント: 獣医と相談の上、抗酸化作用のあるビタミンE・C、アルファリポ酸、コエンザイムQ10、イチョウ葉エキス、DHA/EPA、ホスファチジルセリンなどのサプリメントを補給することで、脳の老化抑制や認知機能の維持に役立つとされています。
3. 環境整備と生活の工夫
- 安全な環境: 家具の角に保護材をつける、滑りやすい床にマットを敷く、段差をなくす(スロープ設置)など、徘徊中にぶつかったり転倒したりするのを防ぎ、怪我のない安全な環境を整えましょう。
- 寝床の工夫: 夜鳴きや不安が強い場合は、寝床の場所を変える(飼い主さんの近くにする)、柔らかいクッションや毛布を用意するなど、安心できる環境を作りましょう。
- 規則正しい生活: 毎日同じ時間に食事、散歩、睡眠をとるなど、規則正しい生活リズムを心がけることで、混乱を減らし、安心感を与えることができます。
- 適度な刺激: 散歩の時間やルートを決めたり、簡単な知育玩具で遊ばせたりするなど、無理のない範囲で脳に適度な刺激を与えることも大切です。しかし、過度な刺激はかえって混乱を招くので避けましょう。
- 排泄のサポート: トイレの失敗が増えたら、おむつを着用させる、粗相しやすい場所にペットシーツを敷き詰める、定期的に外に連れて行くなど、工夫をしましょう。排泄が自力で難しい場合は、定期的に拭いて清潔を保つ必要があります。
- 夜鳴きへの対応: 夜鳴きは、認知症の症状の中でも飼い主さんにとって特に負担が大きいものです。まず、痛みや排泄の不快感がないかを確認し、優しく声をかけたり、撫でたりして安心させてあげましょう。どうしても改善しない場合は、獣医に相談して薬を検討することもあります。
- アイコンタクト・スキンシップ: 視力や聴力が低下しても、飼い主さんの存在は安心感を与えます。優しく声をかけたり、撫でたり、マッサージをしてあげたりと、積極的にコミュニケーションを取りましょう。
認知症の進行を遅らせるための予防策
認知症は加齢に伴う病気であり、完全に予防することは難しいですが、発症リスクを低減させたり、発症後の進行を遅らせたりするために、日頃からできることはたくさんあります。
脳の健康を保つための生活習慣
- バランスの取れた食事: 抗酸化作用のある栄養素(ビタミンC、E、ポリフェノールなど)や、DHA/EPA(オメガ3脂肪酸)が豊富な高品質なドッグフードを選びましょう。脳の健康をサポートする特定の栄養素が強化されたフードもあります。
- 適度な運動: 適度な運動は、脳への血流を良くし、精神的な活性化にも繋がります。シニア犬には、無理のない範囲で、ゆっくりとした散歩や室内での軽い遊びを心がけましょう。
- 知的な刺激: 知育玩具の使用、新しい芸を教える(シニア犬でも)、嗅覚を使ったゲーム(おやつ探しなど)など、脳を活性化させる遊びを取り入れましょう。簡単なコマンドを繰り返し練習することも有効です。
- 社会性: 家族とのコミュニケーションはもちろん、他の穏やかな犬との交流も、適度な社会的な刺激になります。
- ストレスの軽減: ストレスは脳に悪影響を与える可能性があります。安心できる環境を整え、愛犬がリラックスして過ごせる時間を増やしましょう。
- 適切な体重管理: 肥満は、様々な病気のリスクを高めるだけでなく、脳の機能にも影響を与える可能性があります。適正体重を維持しましょう。
定期的な健康チェックと早期発見
- 定期的な健康診断: シニア犬は、半年に一度の健康診断が推奨されます。認知症と症状が似ている他の病気(甲状腺機能低下症、糖尿病、関節炎など)の早期発見・早期治療にも繋がります。
- 日頃の観察: 上記のDISHA分類を参考に、愛犬の行動の変化に常に注意を払いましょう。「いつもと違う」と感じたら、見過ごさずに獣医に相談することが最も重要です。
- かかりつけ獣医との連携: 獣医と定期的にコミュニケーションを取り、愛犬の健康状態や行動の変化について積極的に情報共有しましょう。
まとめ:愛犬との穏やかなシニアライフのために
犬の認知症は、愛犬が長生きするようになった現代において、多くの飼い主さんが直面する可能性のある病気です。症状が進むにつれて、愛犬も飼い主さんも戸惑いや負担を感じることが増えるかもしれません。
しかし、認知症について正しく理解し、愛犬が示すサインを見逃さずに早期に対応することで、病気の進行を穏やかにし、愛犬の生活の質(QOL)をできる限り長く維持することができます。獣医との密な連携はもちろん、ご自宅での安全な環境整備、適切な食事やサプリメント、そして何よりも飼い主さんの深い愛情と根気強いケアが、愛犬にとって最大の支えとなります。
愛犬が穏やかで幸せなシニアライフを送れるように、飼い主さんができることを最大限に行ってあげましょう。認知症と診断されても、決して諦めず、愛犬との絆を大切にしながら、共に歩んでいくことが何よりも重要です。


